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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)192号 判決 2000年2月02日

原告

菊水化学工業株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

牧野利秋

内藤義三

三木浩太郎

同弁理士

【B】

被告

株式会社ハマキャスト

代表者代表取締役

【C】

訴訟代理人弁護士

白波瀬文夫

同弁理士

【D】

【E】

【F】

【G】

主文

特許庁が、平成9年審判第2455号事件について、平成10年5月8日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「混合材の塗布方法」とする特許第2119087号発明(昭和58年5月11日出願、平成8年12月6日設定登録。以下「本件特許発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成9年2月12日、本件発明につき、その特許を無効とする旨の審判の請求をした

特許庁は、同請求を平成9年審判第2455号事件として審理した上、平成10年5月8日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月25日、原告に送達された。

2  本件特許発明の特許請求の範囲請求項1に記載された発明(以下「本件発明」という。)の要旨

適度に粉砕した自然石を、合成樹脂中に混入してなる混合材の異なる色のもの複数種を1機のスプレーガン内の別個のタンクにそれぞれ用意し、該複数種の混合材を複数の吹き付け口を有する多頭式スプレーガンの別個の吹き付け口から同時に吹き付けることによって、非混合多色状に塗布することを特徴とする混合材の塗布方法。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、1本件発明が、その明細書及び図面(本訴甲第1号証の2、以下「本件明細書」という。)に当業者が容易に発明を実施できる程度に記載されていないから、特許法36条4項に規定する要件を満たしていない、2本件発明が、その特許請求の範囲に必須の構成の記載がないから、同法36条5項に規定する要件を満たしていない、との請求人(本訴原告)の各主張について、これらの主張は理由のないものであり採用できないとし、3本件発明が、株式会社黒潮社昭和57年9月10日発行「吹付と塗料」No.148(審決甲第7号証、本訴甲第7号証、以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明1」という。)を初めとする、その出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたから、同法29条2項の規定に該当するとの請求人の主張について、この主張は採用できないとし、4本件発明が、その出願前の出願であって、その出願後に公開された特願昭57-1138号(特開昭58-119376号公報参照)の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であるから、同法29条の2の規定に該当するとの主張について、この主張は採用できないとし、したがって、請求人の主張する理由及び提出された証拠方法によっては、本件発明の特許を無効にすることはできないとしたものである。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本件発明の要旨の認定、当事者双方の主張の認定、本件明細書の記載事項の認定はいずれも認め、上記請求人(本訴原告)の無効理由の主張4に対する判断(審決書23頁10行~24頁12行)は、審決取消事由としない。

審決は、本件明細書に記載不備があることを看過する(取消事由1)とともに、本件発明が、引用例発明1及び日本建築吹付材工業会昭和53年5月発行「建築用吹付材ガイドブック1978」(審決甲第19号証、本訴甲第19号証、以下「引用例2」といい、そこに記載された発明を「引用例発明2」という。)、あるいは、引用例発明2及び株式会社塗料出版社昭和48年1月5日発行「塗装と塗料’73新年特別号」(審決甲第8号証、本訴甲第8号証、以下「引用例3」といい、そこに記載された発明を「引用例発明3」という。)並びにその他の刊行物に記載の発明に基づいて、容易に発明をすることができないと誤って判断し、その結果、本件発明が進歩性を有すると誤認した(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  本件明細書の記載不備(取消事由1)

本件発明は、

A「適度に粉砕した自然石を、」

B「合成樹脂中に混入してなる混合材の異なる色のもの複数種を」

C「1機のスプレーガン内の別個のタンクにそれぞれ用意し、」

D「該複数種の混合材を複数の吹き付け口を有する多頭式スプレーガンの別個の吹き付け口から同時に吹き付けることによって、」

E「非混合多色状に塗布することを特徴とする混合材の塗布方法。」の構成要件よりなるものであるところ、上記構成要件Eの「非混合多色状に塗布すること」の意味する技術的内容は、客観的一義的に明確とはいえないので、当業者がその実施をすることができる程度に明確に記載されているとはいえない。

すなわち、審決は、「非混合多色状」について、「『複数種の自然石の骨材色そのものの色がランダムに複数種存在し、その外観が自然石の外観とほとんど同様な状態』であること、を意味していると明細書および図面の記載からみて理解できることである。」(審決書13頁7~11行)と認定しており、審決のこの認定からみて、「非混合多色状」とは、微粒が多数集った巨大粒子同士の組合せが「自然石の外観とほとんど同様」の外観を呈する内容であるかどうかにより決めていることが理解できる。

しかし、「自然石の外観とほとんど同様」な外観とは、それ自体曖昧な概念である上、それがどういうものかについて、本件明細書には、公知技術と対比しての説明しかなく(甲第1号証の2第2頁3欄4~13行、14~21行、22~26行)、そのような外観の達成手段について、具体的な記載を欠いている。例えば、噴射された微粒の集合体である巨大粒子を、第1図のように、お互いに独立して境界付近が曖昧にならないように固着させることは、固着の際に相互にほとんど混ざらないような材料を「粉砕した自然石」に添加すれば、互いの独立は確保できるものの、そのことは塗料の粒同士がお互いに接着しないことを意味するので、ボロボロとなって塗膜としては成立しないし、他方、巨大粒子同士が十分に接着されて強固な塗膜ができるようなものであれば、巨大粒子同士の間で複雑な入り組みが発生し、個々の粒子の独立性は弱くなるのであるが、こうした相互矛盾を解消する手段は何も開示されていない。

また、自然石の外観に近づけるには、どういう自然石の場合にどういう配色の粒子をどの程度の大きさの割合等にすればよいかが問題となるところ、本件明細書にはこの点に関する具体的な記載もない。

したがって、本件明細書に基づいて、自然石を骨材として合成樹脂中に混入した一般的なものと、塗装機器として多頭式スプレーガンを使用して、各色の微粒の集合体が塗布されることだけは理解できても、具体的にどのような自然石を得る場合に、どのような巨大粒子をどのように組み合わせればよいのか、そのためには塗装材料やスプレーガンをどうすればよいのか等については一切記載されていないのであるから、本件明細書は、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に記載されているものではない。

2  進歩性の誤認(取消事由2)

1 引用例発明1及び2の組合せ

審決は、本件発明の構成要件A、Bである「適度に粉砕した自然石を、合成樹脂中に混入してなる混合材の異なる色のもの複数種を」 用いてする吹付けによる塗装方法が、引用例発明2に開示されていることを認定しており(審決書21頁6~13行)、このような塗装材料及び塗装方法は、本件発明の出願前既に公知の技術であるし、特公昭55-36616号公報(審決甲第20号証、本訴甲第20号証)及び特開昭57-27177号公報(審決甲第21号証、本訴甲第21号証)からみても、周知の技術といえることが明らかである。

次に、本件発明の構成要件C、Dに該当する多頭式スプレーガンは、引用例1のみならず、引用例3、鈴鹿塗料株式会社昭和47年5月発行「ラフトンふぶき さざなみ 総合色見本No.2」(審決甲第13号証、本訴甲第13号証)及び実公昭51-18366号公報(審決甲第17号証、本訴甲第17号証)にも記載があり、これらの多頭式スプレーガンを用いる場合に、混合材の異なる種類のものを1機のスプレーガン内の別個のタンクにそれぞれ用意することも、これらの文献に開示又は示唆されている。

なお、審決は、引用例発明1が、「塗布材料として適度に粉砕した自然石でなく陶薬A・B色を用いるものであって、本件発明の『該複数種の混合材』のものと相違し、本件発明の構成要件Dが記載されていない」と認定判断する(審決書20頁20行~21頁3行)が、前記要件Dの吹付け方法について、本件発明の特許請求の範囲の記載には、1機のスプレーガン内の別個のタンクにそれぞれ用意された複数種の混合材を複数の吹付け口を有する多頭式スプレーガンにより吹き付ける場合、「同時に」吹き付けること以外に特段の限定はなく、このように「同時に」吹き付けることは、 甲第13号証2枚目裏「注意事項3」の記載からみても、正常な吹付け方法であることが明らかである。

さらに、本件発明の構成要件Eの「非混合多色状に塗布する」 の意義に関する審決の認定(審決書13頁7~17行)に従えば、この状態は、前述したとおり、塗装者が適宜選択する塗布手段を施したことにより生じる塗装の結果をいうのであるから、「非混合多色状に塗布する」要件は、特段の塗布手段を規定したものでないことが明らかである。そしてまた、自然石は千差万別であり、異なる色のものが非混合多色状になっている自然石には、御影石に限らず多種多様のものがあることが常識であるから、本件発明は、このように限定されていない各種の自然石の外観を呈する仕上がりのものをすべて含むものであり、甲第9~第15号証に開示された「ラフトンさざなみ」のような仕上がりも、「非混合多色状」といわなければならない。

以上のとおり、本件発明の技術的内容は、引用例発明1の「複数の吹き付け口を有する多頭式スプレーガン」を用いること、引用例発明2の「適度に粉砕した自然石を、合成樹脂中に混入してなる混合材の異なる色のもの複数種を」用いること、「1機のスプレーガン内の別個のタンクにそれぞれ用意し」「多頭式スプレーガンの別個の吹き付け口から同時に吹付ける」 という公知又は周知の技術を用いること、その結果として、本件発明の出願前、既に他の吹付け方法によって達成されている塗布面と区別のつけようがない「非混合多色状」の塗布面を得るというものにすぎないのであるから、何らの進歩性も認められない。

したがって、審決が、引用例発明1及び2の組合せについて、「2頭式スプレーガンを用いて陶薬に換えて適度に粉砕した自然石を用いられるとの記載及び示唆もないし、適度に粉砕した自然石を塗布することができる多頭式スプレーガンが、その当時に存在していたとする証拠が提出されていないのであるから、甲第19号証に記載の天然砕石を2頭式スプレーガンに用いることの動機付けはなく、したがって、甲第7号証の2頭式スプレーガンと、甲第19号証の天然砕石とを組み合わせることは容易とはいえない。」(審決書22頁3~12行)と認定判断したことは誤りである。

2 引用例発明2及び3の組合せ

引用例3には、「ラフトン多彩用ガン」として、いわゆる2頭式のスプレーガンが記載されており、これによって2つの塗装材料を別々に収納して同時に吹きつけることが開示されている。また、その塗料ノズル口径は4mmと記載されており、引用例発明1と比較すると、ノズル径など仕様面がより具体的に示されている。

なお、鈴鹿塗料株式会社昭和51年1月発行の商品カタログである「ラフトン内部用シリーズNo.1」(審決甲第9号証、本訴甲第9号証、以下「引用例4」という。)は、同時吹付けに引用例発明3のスプレーガンが使用されていることと、塗装材料が「適度に粉砕した自然石」であることは明記されていないが、少なくともそれと物理的性状が共通する非溶性の無機固形物が、引用例発明3に使用されていることを、それぞれ裏付けるものである。

他方、引用例2は、前述したように、「天然砕石」として自然石を粉砕したものが塗装材料に用いられていることを開示しており、かつ、それらは「吹付量」との言葉からも、スプレーガンで吹き付けるものであることが当然とされているから、引用例発明3の2頭式のスプレーガンを用いて、この「天然砕石」を骨材とする塗装剤を吹き付けることは、当業者なら適宜行い得る、スプレーガンと塗装材料の組合せ方の選択の1例にすぎず、この組合せに特段の困難性は存在しない。

したがって、審決が、引用例発明3について、「本件発明の構成要件D、Eが記載されていないし、示唆もされていない。したがって、請求人の甲第7ないし22号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明することができたとする主張は、採用できない。」(審決書23頁2~8行)と認定判断したことは誤りである。

第4被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

原告は、本件発明の「非混合多色状」の実現は困難であると主張する。しかし、本件明細書の特許請求の範囲請求項1には、前示発明の要旨のとおり、その手段が記載されている。また、本件明細書には、「本発明塗布方法によれば、吹き付け単位が別個であるため混合したものとならず、比較的大きな同一色部分ができ、自然石とほとんど同様の外観を呈することができる。」(甲第1号証の2第6欄19~22行)と記載され、ここで「吹き付け単位」とは、「吹付口から噴出された1かたまり」(同6欄17~18行)であると定義され、さらに「非混合多色状とは、それぞれ色の異なった混合材を、互いに色が混ざらないように、塗布するということである。」(同4欄20~22行)と定義されている。これらの記載から明らかなとおり、混合剤には合成樹脂を含む上、各吹付け単位は粘性を有する液状物であるから、各吹付け単位の境界面が混ざり合うのは当然であり、接着することも当然である。このようなことは、当業者の技術的常識であり、当業者でなくても理解できることである。

また、原告は、本件明細書中に、自然石の外観に近づけるには、どういう自然石の場合にどういう配色の粒子をどの程度の大きさの割合等にすればよいのか具体的記載がないと主張する。しかし、本件明細書の実施例の記載(同4欄26行~6欄14行)は、当業者が容易に実施できる程度に本件発明が開示されており、当業者が読めば容易に実施できるものである。

さらに、原告は、「自然石の外観とほとんど同様な状態」とは曖昧な概念であるため、この点からも本件発明の「非混合多色状」の実現が困難であると主張する。

しかし、審決が、「本件発明は、通常の人が本件発明の方法で塗装された外壁を見て、自然石の外観と認識できれば良いのであって、請求人のこの主張は、本件発明の本質を理解していないことから生じる誤解である。」(審決書19頁6~10行)と記載するとおりである。

したがって、本件明細書の記載不備に関する審決の判断(審決書19頁11~14行)に誤りはない。

2  取消事由2について

1 引用例発明1及び2の組合せ

引用例1及び2、その他の公知例については、これらを組み合わせるための動機付け又は必然性、例えば「自然石材調塗装物を得よう」とする目的、着想ないし課題の共通性がないから、当業者には組合せを着想すること自体が容易ではない。

しかも、引用例発明2でいう「自然石」とは、「砂壁状」のものであって、本件発明が得ようとする御影石等(甲第1号証の2第2欄1行、5欄27行)の天然石材調とは全く異なるものであるから、引用例発明2に、天然石材調塗装物を得ることの示唆はなく、また多頭式スプレーガンを用いて塗布することの記載も示唆もない。したがって、この点に関する審決の認定(審決書21頁11~15行)に誤りはない。

また、引用例1には、その3頁の最上欄に「陶薬 吹付タイル釉薬調仕上材(特許申請中)」と記載されるところ、ここにいう「陶薬」については、当業者はもちろん当業者でなくても、いわゆる陶器等の焼き物の表面に模様をかもし出すための着色剤、すなわち「釉薬」又は「釉薬同等品」としか理解できず、これは御影石等の天然石材調とは全く異なるものである。

仮に、引用例発明1に、本件発明のような「適度に粉砕した自然石」、例えば、本件明細書の実施例に記載された粒度分布のもの(甲第1号証の2第5欄5~8行)を適用したとしても、技術的に「吹付タイル」のような平滑な表面も形成できないし、「釉薬調仕上」のような表面も形成できないから、引用例発明1には、「適度に粉砕した自然石」を用いることも、「骨材吹き塗装スプレーガン」を用いることの開示も示唆もない。

したがって、この点に関する審決の認定判断(審決書22頁3~12行)に誤りはない。

2 引用例発明2及び3の組合せ

引用例発明3には、本件発明の構成要件Aの「適度に粉砕した自然石」を使用することの開示がなく、「混合材」の一部である「適度に粉砕した自然石」の開示がない以上、構成要件B及びDについての開示も示唆もない。

また、引用例発明3には、本件発明の構成要件Eについて開示や示唆がなく、引用例3の製品から得られたという塗装物の商品サンプルである引用例4(甲第9号証3頁)を見ても、本件発明で得ようとする御影石等の「その外観は、いわゆる黒御影とほとんど変わらず、非常に美しいものである」との天然石材調とは全く異なるものである。

そもそも、引用例発明3の塗装ガンは、引用例4の記載からみて、「内部用」、すなわち「室内壁用」の塗装ガンであり、「小柄模様」を形成するためのものであるから、本件発明の目的・用途である「外壁用天然石材調塗装壁」とは何の共通性もない。

以上のとおり、引用例発明3には、本件発明の構成要件A~Eを有機的に一体化結合させることの動機付けがなく、引用例発明1の域を超えるものではないから、公知例としては同一の評価しかできないものであり、本件において、これらを組み合わせるための動機付け又は必然性を欠くことは前述したとおりである。

したがって、この点に関する審決の判断(審決書23頁1~8行)に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(本件明細書の記載不備)について

審決の理由中、本件発明の要旨の認定、本件明細書の記載事項の認定は、当事者間に争いがない。

原告は、本件発明の構成要件Eの「非混合多色状に塗布すること」の技術的内容が、客観的一義的に明確ではなく、当業者がその実施をすることができる程度に明確に記載されているとはいえないと主張する。

この「非混合多色状」について、本件明細書(甲第1号証の2)には、「非混合多色状とは、それぞれ色の異なつた混合材を、互いに色が混ざらないように、塗布するということである。」(同号証の2第4欄20~22行)、「第1図は、塗布された建築物の外壁の平面図である。この例は、3色(黒、灰、白色)の粉砕した自然石から製造した混合材を非混合多色状に塗布したものである。3色といつても自然石は種々の色が混じつているため、その中の色の近いものを集めたということである。特にこの例では、まつたくランダムに塗布されている。このように、規則的でなくランダムに塗布しているため、その外観は、いわゆる黒御影とほとんど変わらず、非常に美しいものである。第2図は第1図の部分拡大図である。仕上材の黒色部1a、灰色部1b、白色部1cはそれぞれ黒色微粒2a、灰色微粒2b、白色微粒2cによつて構成されている。しかし、人間の目には、おのおのの微粒はほとんど意識されず、着色部1a,1b,1cが1体として認識されるため、自然石と同様の外観を呈する。」(同5欄19~35行)、「本発明塗布方法によれば、吹き付け単位が別個であるため混合したものとならず、比較的大きな同一色部分ができ、自然石とほとんど同様の外観を呈することができる。」(同6欄19~22行)と記載されている。

これらの記載及び前示発明の要旨によれば、本件発明は、適度に粉砕した自然石を混入した複数種の異なる色の混合材を、1機のスプレーガン内の別個のタンクにそれぞれ用意し、該複数種の混合材を複数の吹付け口を有する多頭式スプレーガンの別個の吹付け口から同時に外壁等に吹き付けることによって、複数の混合材同士を比較的大きな集合した状態で貼着させ、均一色でない非混合多色状に塗布するものであると認められる。そして、ここにいう「非混合多色状」とは、「それぞれ色の異なつた混合材を、互いに色が混ざらないように、塗布するということ」として、発明の詳細な説明中に明確に定義されており、前示発明の要旨に開示された構成を採用することによりこれが達成されるものであることが明らかにされており、それに対応する実施例も具体的に記載され(本件明細書4欄26行~6欄14行)、その結果として、「自然石とほとんど同様の外観を呈する」効果を有することも示されている。

したがって、「非混合多色状」とは、それ自体が明確に定義されているのみならず、これを達成するための構成、その具体的実施例及びそれに伴う作用効果も開示されているのであるから、当業者は、これらのことを本件明細書の記載に基づいて容易に理解し、実施できるものであることが明らかであり、前記原告の主張を採用する余地はない。 また、原告は、「自然石の外観とほとんど同様」な外観が、それ自体曖昧な概念である上、本件明細書では、そのような外観の達成手段についての具体的な記載を欠いているとともに、自然石の外観に近づけるため、どういう自然石の場合にどういう配色の粒子をどの程度の大きさの割合等にすればよいかが具体的に記載されていないと主張する。

しかし、本件明細書においては、自然石とほとんど同様の外観が、前示のとおり、自然石を混入した複数種の混合材を、互いに色が混ざらないように塗布することにより達成されるものであることが明示されており、しかも、本件明細書の実施例には、これを達成するための混合材の具体的成分、構成比及び粒度分布等並びにこの混合材の塗布方法が、当業者が容易に実施できる程度に開示されており、当業者はこれらの記載に基づいて適宜工夫することにより、この効果を奏することができるものといわなければならないから、上記原告の主張も採用することができない。

したがって、「本件特許明細書は、特許法第36条第4項及び第5項の規定に該当するとの請求人の主張は、理由のないものであり採用できない。」(審決書19頁11~14行)とする審決の判断に誤りはない。

2  取消事由2(進歩性の誤認)について

まず、引用例発明2及び3の組合せについて検討する。 引用例発明2に、本件発明の構成要件A、Bである「適度に粉砕した自然石を、合成樹脂中に混入してなる混合材の異なる色のもの複数種を」 用いてする吹付けによる塗装方法が開示されていること(審決書21頁6~13行)は、当事者間に争いがない。

ところで、塗装用製品の広告を掲載した引用例3(甲第8号証)には、2頭式のスプレーガンの写真が掲載され、「“ラフトン多彩用ガン”は、ラフトンふぶき、またはラフトンさざなみを用い、簡単に多彩仕上げができるスプレーガンであります。」、「ラフトン多彩用ガン規格」には、「4.塗料ノズル口径4.0mm×2ケ」と記載され、「特長」の欄には、「ラフトンふぶき、ラフトンさざなみで塗装いたしますと、1回の吹付で変化に富んだ、まったく新しいパターンの多彩仕上げになります。」と記載されている。

また、引用例3の製品に関連する商品パンフレットである引用例4(甲第9号証)には、ラフトン内部用シリーズ標準塗装仕様として、「ラフトンふぶき(多彩仕上げゆず肌状凹凸模様)」、「ラフトンさざなみ(多彩仕上げさざなみ状模様)」、吹付材として、「ラフトンふぶき(A色・B色)」、「ラフトンさざなみ(A色・B色)」、模様付塗装条件として、「ラフトン多彩用ガン(弊社取扱)口径4m/m  吹付圧力 2~3㎏/cm2(吹付1回) 吹付距離40~60㎝」、「ラフトン多彩用ガン(弊社取扱)口径4m/m  吹付圧力 1~2㎏/cm2(吹付1回)吹付距離40~60㎝」と記載され、引用例3に記載された製品から得られた塗装物の商品サンプルとして、「ラフトンふぶき」「ラフトンさざなみ」には単色2色から組み合わされた模様吹付けが開示されている。

これらの記載等によれば、引用例3及び4には、2頭式のスプレーガンを用いて、単色2色の塗装材料を別々に収納した上、これらを同時に吹き付けて塗装することが開示されており、引用例発明3の塗料ノズルの口径が4.0mmであることからみて、かなり粒度の大きな材料も塗装可能であるものと認められる。

そうすると、引用例発明2に開示された塗装材である、「適度に粉砕した自然石を、合成樹脂中に混入してなる混合材の異なる色のもの複数種を」 、引用例発明3に開示された2頭式のスプレーガン内の別個のタンクにそれぞれ用意し、この2種の混合材を用いて吹き付けることは、両者が建築壁面に吹き付ける塗装材とスプレーガンである以上、当業者にとって格別の困難性なく推考できたものと認められる。

被告は、引用例発明3には本件発明の構成要件Aの「適度に粉砕した自然石」を使用することの開示がなく、「混合材」の一部である「適度に粉砕した自然石」の開示がない以上、構成要件B及びDについての開示も示唆もないと主張する。

しかし、塗装材として本件発明の構成要件Aの「適度に粉砕した自然石」を使用することは、前示のとおり、構成要件Bとともに引用例発明2に開示されるものであるから、被告の主張はその前提において失当であり、この塗装材を引用例発明3のスプレーガンに使用することが、当業者にとって容易であることも前示のとおりであるから、被告の主張を採用する余地はない。

また、被告は、引用例発明3に本件発明の構成要件Eについて開示や示唆がなく、引用例3に記載された製品から得られたという塗装物の商品サンプルである引用例4を見ても、本件発明で得ようとする御影石等の天然石材調とは全く異なるものであると主張する。

しかし、本件発明の構成要件Eである「非混合多色状に塗布すること」とは、前示のとおり、「それぞれの色の異なった混合材を、互いに色が混ざらないように、塗布するということ」であり、引用例4の示す商品サンプルが、均一色でなくこのような非混合多色状の状態を表していることは明らかである。本件発明による塗布の結果が御影石等の天然石材調となるとの被告の主張は、本件発明の特許請求の範囲の記載に基づかないものであり、失当といわざるを得ない。

さらに、被告は、引用例発明3の塗装ガンが、引用例4の記載からみて、「内部用」、すなわち「室内壁用」の塗装ガンであるから、本件発明の目的・用途である「外壁用天然石材調塗装壁」とは何の共通性もないと主張する。

しかし、本件発明は、その特許請求の記載から明らかなように、「外壁用天然石材調塗装壁」に限定されるものではないから、被告のこの主張もその前提において失当であり、到底採用できない。

最後に、被告は、本件において引用例発明2及び3などの公知例を組み合わせるための動機付け又は必然性を欠くものであると主張する。

しかし、前示のとおり、引用例発明3には、2頭式のスプレーガンを用いて塗装材料を別々に収納して同時に吹きつけることにより、単色2色から組み合わされた模様壁面を形成することが開示されており、その塗料ノズルの口径からみて、適度に粉砕した自然石等を排除するものでないことが明らかであり、また、引用例発明2には、塗装材として「適度に粉砕した自然石を、合成樹脂中に混入してなる混合材の異なる色のものの複数種」を用いることが開示されているのであるから、当業者にとって、この両発明の組合せを想到することが容易であることは当然であり、被告の主張は採用できない。

そうすると、審決が、引用例発明3について「本件発明の構成要件D、Eが記載されていないし、示唆もされていない。」(審決書23頁2~4行)と判断したこと、「請求人の甲第7ないし第22号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたとする主張は、採用できない。」(同頁5~8行)と判断したことは、いずれも誤りであるといわざるを得ず、この点に関する原告主張の取消事由には理由がある。

3  以上のとおり、審決は、引用例発明2及び3の組合せに関する判断を誤って本件発明の進歩性を認めたものであり、この誤りは審決の結論に影響を及ぼす重大な瑕疵であるから、その余の原告主張について検討するまでもなく、審決は取消しを免れない。

よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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